歴史と由来
トラネキサム酸は1962年、日本の岡本歌子博士と岡本彰祐博士(夫妻)が開発した抗プラスミン剤。本来は手術中の出血や月経過多の治療に使用する止血薬だった。美白への転機は1979年。皮膚科医がトラネキサム酸を内服中の患者の肝斑が改善したことに偶然気づいた。その後の研究で、プラスミンがメラノサイトの活性化に関与しており、これを阻害するトラネキサム酸が結果的にメラニン産生を抑制することが判明。
2002年、第一三共が「トランシーノ」として肝斑改善のOTC医薬品を発売。化粧品分野では資生堂の「HAKU」シリーズが代表格となった。
止血薬から美白成分へ── この「ドラッグリポジショニング」の成功例は、製薬史でもユニークな事例として知られている。
科学的背景
トラネキサム酸の美白メカニズム:1. プラスミン活性の阻害 → メラノサイト活性化シグナルの抑制
2. プロスタグランジン産生の抑制 → 紫外線による炎症反応の軽減
3. 紫外線照射後のメラノサイト内チロシナーゼ活性の上昇を抑制
肝斑に特に有効とされる理由は、肝斑の発症にプラスミン系の関与が大きいため。通常のシミ(老人性色素斑)への効果は限定的との見方もある。
知られざるトリビア
・岡本歌子博士は「止血薬の母」と呼ばれ、トラネキサム酸の開発は世界の止血医療を変えた。WHO必須医薬品リストにも掲載されている。・トラネキサム酸はアミノ酸の一種であるリジンの合成誘導体。「アミノ酸だから安心」という売り文句があるが、アミノ酸であることと安全性は直接関係しない。
限界と論争
トラネキサム酸の内服は安全性が高いとされるが、血栓症リスクのある人は注意が必要。止血薬としての本来の作用が、まれに血栓形成を促進する可能性がある。化粧品として塗布する場合の浸透性と有効性については、内服ほどのエビデンスがない。内服と外用では到達濃度が大きく異なる。
参考文献
・Okamoto S, Okamoto U. "Amino-methyl-cyclohexane-carboxylic acid: AMCHA." Keio J Med. 1962.
・Maeda K, Naganuma M. "Topical trans-4-aminomethylcyclohexanecarboxylic acid prevents ultraviolet radiation-induced pigmentation." J Photochem Photobiol B. 1998.
・Maeda K, Naganuma M. "Topical trans-4-aminomethylcyclohexanecarboxylic acid prevents ultraviolet radiation-induced pigmentation." J Photochem Photobiol B. 1998.